HOME > 校章/校歌/校風/沿革

校章


校章

校章由来
汝が希望を星にかけよ / エマーソン】
この言葉は、人生の目標を世俗的なこと(地上の希望)にとどめず、真の理想(天への希望)の追求に定めよという教訓です。校章の白銀の星は希望の象徴で、三葉は霜にも耐える菊花の清麗さを表しています。

校歌


本校の校歌は、昭和26年に制定されました。作詞者・作曲者については、「作詞:宮古高校文芸部 作曲:宮古高校音楽部」とされてきましたが、平成25年に下記の先生方(旧宮古高校教員)に改められました。

作詞  嶺 博三郎   作曲  本田 幸八


校歌の音源をダウンロードできます

校風

教訓

天行健 君子以自彊不息
【てんこうけんなり くんしはもってみずからつとめてやまず】

これは『易経』という本のなかの言葉です。人間社会がどんなに変わっても、天体(月や星など)の運行は一時も滞ることがないように、我々も普遍の真理を求めて自ら進んで励むべきだという教訓です。「天行健」は、宮古高校校歌の一番最初の言葉で、宮高生の心の支えとなっています。

生徒の全人的な成長を希求し、生徒と先生のふれあいを大切にしています。文武両道(学業と部活動の両立)に真摯に取り組み、運動部・文化部ともに県内有数の成績を誇るとともに、大学等への進学を多くの生徒が果たしています。生涯の友と出会い、行事に燃え、かけがえのないものをたくさん身につけ、自分の道を拓いていきます。

沿革

年月日 内容
大正12年 3月23日 宮古町立宮古実科高等女学校設置認可
大正12年 4月 4日 宮古町立宮古実科高等女学校を開校
昭和 4年 4月 1日 宮古町立宮古高等女学校と改称
昭和 4年 8月15日 県に移管し岩手県立宮古高等女学校と改称
昭和 6年 9月 1日 寄宿舎「白鴎寮」落成
昭和18年 4月 1日 岩手県立宮古中学校設立認可
昭和23年 4月 1日 6・3制実施学制改革により岩手県立宮古高等女学校を
岩手県立宮古第二高等学校と改称
旧制高等女学校を併設
昭和23年 4月 1日 6・3制実施学制改革により岩手県立宮古中学校を
岩手県立宮古第一高等学校と改称
宮古市立商業学校を統合
旧制中学校を併設
昭和23年 5月 2日 新学制により定時制課程開設
同じく定時制課程川井分校開校
昭和24年 4月 1日 学制改革により岩手県立宮古第一高等学校と
岩手県立宮古第二高等学校を統合
岩手県立宮古高等学校と改称
昭和24年 4月10日 岩手県立宮古高等学校定時制課程に
刈屋分校、田老分校、田老鉱山分室を設置
昭和25年 9月 4日 岩手県立宮古高等学校校歌制定
昭和32年 3月30日 全日制課程本校に普通科、商業科、家庭科
定時制課程に本校・普通科、田老分校・普通科、田老鉱山分校・採鉱科、
刈屋分校・普通科、川井分校・普通科設置
昭和38年 4月 1日 岩手県立宮古高等学校全日制課程商業科・家庭科が
宮古商業高等学校として分離独立
昭和42年 2月26日 定時制課程田老分校閉校式
昭和48年 3月25日 刈屋分校定時制本校への統合移転式を挙行
昭和48年 3月27日 新校舎第一期工事竣工
昭和49年 3月23日 寄宿舎「白鴎寮」閉舎
昭和50年 6月30日 第一体育館工事竣工
昭和50年10月17日 校舎等落成並びに創立50周年記念式典挙行
昭和53年 3月31日 全日制課程田老分校が
岩手県立宮古北高等学校として分離独立
昭和54年 9月 9日 川井分校新校舎落成並びに創立30周年記念式典挙行
昭和58年10月20日 創立60周年記念式典挙行
平成 3年 4月 1日 川井分校を川井校と校名改称
平成 5年10月 8日 創立70周年記念式典挙行
平成10年 3月16日 校舎大規模改修第一期工事竣工
平成15年11月 1日 創立80周年記念式典挙行
平成20年 4月 1日 川井校募集停止
平成22年 3月 5日 全日制課程川井校閉校式
平成23年 2月24日 第二体育館改築工事竣工
平成23年 3月11日 東日本大震災 津波発生
平成23年12月22日 第一体育館耐震補強工事竣工
平成25年10月19日 創立90周年記念式典挙行
平成26年 3月28日 宮古地区ヨット部室竣工(災害復旧)
平成30年 4月 1日 高校再編に伴い通信制課程を設置
Copyright (C) 2009- Miyako Koutougakkou, All rights reserved.
omo