岩手県立盛岡工業高等学校

ご 挨 拶
~122歳の時代を受け継ぐ盛工のご紹介~

 盛岡工業高校が、本県工業教育の嚆矢、岩手県実業学校として盛岡市内丸の地に産声を上げたのは明治31年(1898年)、新たな世紀へと時代の変わりゆく頃のこと。維新から30年を経て、殖産興業が推進され日本が国力を急速に増強させている中、県民の大きな期待を担っての誕生でした。
 盛大に挙行された開校式の式辞で、初代校長今景彦先生は「日本にこの学校あるを知らしめん」と高らかに宣言しました。当時国内にはこの種の教育を施す教育機関はごく少なく、全国の手本となるようにと計画されたのが本校であり、今校長の意気込みも当然のものでした。
 以来120余星霜、幾たびかの学科改編、校地移転を経て現在に至っています。その間、我が国は何度かの戦争を経験し、戦後復興から高度経済成長という時代をくぐってきました。日本という国が成長し、挫け、また逆境から立ち上がるとき、工業が国の底力となってきたことは疑いようもありません。その我が国の発展に直接関わり、力を発揮してきたのが本校の卒業生たちです。2万7千名を超える同窓生は、県内、国内ばかりでなく、世界で活躍しています。同窓生たちの心に通底しているのは「質実剛健」という校訓の精神そのものに違いありません。虚飾を排し、誠実に真理を求める姿勢が盛工の伝統です。
 専門の学業以外でも、2度の全国制覇を果たしているラグビー部を始め、スポーツの分野で「盛工」の名は全国に轟いています。近年は自動車部の活躍など文化部活動も全国レベルとなっています。先人の遺徳を継承しつつ、常に進化する集団であることこそ盛工生の真髄です。
 今年度は、コロナ禍のため社会全体が不自由な状態ですが、こんな逆境の中にあっても、盛工生は自分たちの取り組むべき課題に真摯に向き合い学校生活を送っています。時あたかも、Society 5.0及び Industry4.0と呼ばれる時代が到来しています。キーワードとしてあげられるAIやビッグデータ、IoTなどは、すべて工業技術の延長線上にあるものであり、工業教育の果たす役割は今後ますます大きくなってくるものと考えられます。
 高遠な未来への憧れを胸に、文武両道の理想を追求し、身を立てて家を治め国に世に尽くす人材を輩出するべく、本校は歩み続けます。
第35代校長