スーパーグローバルハイスクール

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3月23日(木)
 7:30に寮内のエントランス集合。体調不良者はなし。
 チェスナット・ヒル駅で本日のボストン市再開発局ジョン・ダルツェル局長と待ち合わせ、市役所まで連れて行ってもらう。
 ボストン市役所は1960年代に建てられたもので、市街地で見慣れた伝統的なレンガ造りの建物群とは一変、鉄筋コンクリート造りのモダンなデザインだった。
 最初はダルツェル局長に、ボストン市街地を模した巨大な模型を見せてもらう。40年前に作製され、変わり続ける街ボストンを今も現役で写し続ける。
 模型のおかげで、ボストンがウォーター・フロントを拡大し続けている様子が俯瞰できる。グレイマン女史が手がけた高架式高速道路の地下移設も模型に反映されており、今は緑で縁取られた公園に置き換えられている。CG技術が発達した現在も、この模型はボストンの美しい景観を保つためのシミュレーションを行い、空間的感覚的に新しい建物がボストンの街並みに調和するかを吟味するのに不可欠とのこと。
 10:00に会議室に通され、ダルツェル局長を相手に、N・T組が "Using LEED Healthcare - Towards Recovering Medical Environment - と題して、東日本大震災の被災地における医療の復興を、国際的な建築物の環境評価制度であるLEEDを活用して進めていくという提案を行った。日本ではあまり馴染みがなく、順天堂大学病院のみが、病院やその他医療施設を評価するヘルスケア部門で認証を受けている。二人は岩手県沿岸部の医療施設に、日本国内に先駆けてLEEDを推進・批准させていくことで、医療環境を震災前の水準に回復させるだけでなく、むしろ医療の先進的地域にしようという野心的な提案である。
 局長はLEEDも含めた、持続可能な開発を実現するために、人間の健康や環境に配慮した新しい建築哲学であるグリーン・ビルディングの第一人者であり、二人の研究に対して非常に高い関心を抱き、大変良い試みであると言っていただいた。
 次にTが、ILC建設が環境に与える影響について、二度目のプレゼンテーションを実施した。トンネル掘削によって生まれた瓦礫や土砂を、ILC誘致に伴う世界中からの移住者の住宅建設に役立てること。そしてその際に、グリーン・ビルディングの発想に基づいて住宅をデザインするという豊島の発想に対して、お褒めの言葉をいただいた。また、これまで数々のボストンの再開発に携わってきた局長から、先例に基づいた瓦礫・土砂の他の活用方法について助言をもらった。
 二組の発表後、局長から現在取り組んでいるプロジェクトや近い将来の計画について講義していただく。新しい環境評価基準を積極的に導入し、古く美しい景観の保全と、持続可能な開発という両者の共存をはかる局長の姿勢が、ボストンという街の発展を支え続けているのだと理解できた。
 13:00にパイン・メナー・カレッジに戻り、急いで昼食を取る。
 13:30から、リサ先生の教室で一足早いコメンスメント(卒業式)。お世話になったELIの先生方や、共に学んだベネズエラやロシアの留学生達も参列してくれた。ジュリー先生からはELI、ダン先生からはボストン・ブリッジの修了証書を授与してもらい、労いと餞けの言葉をいただく。神妙な面持ち。コメンスメントの原義は旅立ち。この言葉を卒業に宛てがうところに、アメリカ文化の一端を感じ、背筋を伸ばす。
 14:00からは、同じ教室に元MIT教授で、現在ルケッツ設計者代表のポール・ルケッツ氏をお招きする。ちなみに先日訪問したMITメディア・ラボのアイラ・ワインダー氏も、ルケッツ氏の弟子である。
 まずはGが大槌町の復興計画への農業政策の導入に関する二度目のプレゼンテーションを行う。大槌町の丘陵地帯を牧草地とするという提案に対し、ルケッツ氏はその土地の広さやこれまで大槌町が酪農や畜産などの産業が盛んであったか質問。後藤の回答を聴くやいなや、牧草地とするよりむしろ、植林し高級木材を育てる林業の拠点として開拓してはどうかと発案。
 ルケッツ氏の哲学は、何か大きな問題に直面した際、それを消極的に捉えるのではなく、新しい何かが生まれる好機と前向きに捉えるべきであるというもの。何か問題が起きた時、それは変化が求められる時である。その変化は新たな雇用を生むかもしれない。新たな職種を生むかもしれない。思考のパラダイムをずらすかもしれない。変化は新しいステージに我々を連れて行ってくれる。 "A problem is full of opportunities" なのである。
 続いてN・T組が、本日二度目のプレゼンテーション。ルケッツ氏の専門は建築、都市設計であり、ダルツェル局長同様、LEEDやグリーン・ビルディングに造詣が深い。有限なエネルギー資源とその消費の仕方、生態系や環境、そして健康という問題を有機的に結びつけて考えていくことの重要性を強調し、二人の研究を高評価。今後研究を進めるにあたって、参照すべき先進的な事例を教えてくれた。
 その後、ルケッツ氏から農業と都市開発について二つの講義を受ける。
 都市の歴史的発展は、農業形態と市場の発展とともに進んだこと、つまり農作物の生産者と消費者の関係が徐々に離れていくことによって、市場や問屋卸屋といった仲介者が発展し、都市の様相もそれに合わせて変化してきた事実を、概念図や豊富な例を用いてわかりやすく教えてくれた。
 もう一つの講義は、世界中の特に高層ビルが立ち並ぶ大都市において、グリーン・ビルディングの発想を活かした、持続可能な開発の実践例を紹介してもらった。東京のある企業のビル内には、ワン・フロア全体に畑が備わっている。これまで街から緑を追いやる形で近代化を推し進めてきた大都市群が、再び緑を取り戻そうという動きが進んでいるのだ。市街地の空き地のあちこちを畑にしようという動きもそうだが、ルケッツ氏は建築家、デザイナーとして、もっと奇抜なアイディアを世界に発信している。高層ビルのバルコニーを無数の可動式プランターで覆い、ビルに緑の衣装を纏わせる。歩道に誰もが手入れできる野菜畑を設ける。手始めにニューヨークの摩天楼を、緑でいっぱいにするのだそうだ。
 Gが、誰がそれらの野菜の手入れや収穫をするのかと尋ねると、 "I don't know." との回答。この答えが、ルケッツ哲学の真骨頂なのではないかと感じた。これは「わからない」ではなく、「君はどう考えるんだい?」に聞こえたのだ。ワインダー氏のもとで、公と私の間の階層構造について学んだ。公私の二項対立は解体し、幾重にも階層化することができる。ルケッツ氏はここでも、 "A problem is full of opportunities" の発想で、過去から現在に集積した「知」を挑発している。俺はデザイナーとして、既存の境界線では区切れない新しい階層を提案する。面白いだろう。政治家なら、法曹なら、経営者なら、それをどう活かすんだい?とでも言っているようだった。ルケッツ氏がMITで、世界最高の知的集団を相手に、彼らを退屈させることなく、むしろ多分に刺激してきたであろうことは想像に難くない。優しく大らかな人柄に、スパイスのようにまぶされた毒が、この人をより魅力的にしているのだ。
 最後にYがプレゼンテーションを行なった。これまで概念図や枠組みが示されたレジュメで発表してきたので、今回初めてスライドを用いることとなった。
 クルーヴァー女史同様、ルケッツ氏も科学的な方法論に則って研究を進めていくことが重要であると指摘。Yは肩を落としながらも、研究における基本の重要性が身に沁みて理解できたようだ。研究内容の真価が問われるのは、彼がもう少し年齢を重ねてからである。今回、自分なりに懸命に取り組んで体得した断片的な経験則は、大学生になり本格的に研究を進めるようになったら、正しい方法論を軸として、きっと有機的に結びつくはず。成功体験は確かに精神的に自信を与えてくれるが、経験値としては小さいものにとどまりがちだ。失敗体験は、その時は落ち込むけれど、将来に資するものははかりしれない。彼ならばこの失敗を大きな糧に変えてくれることだろう。
 たくさんのことを教えてくれたルケッツ氏とお別れし、カフェテリアで夕食を取った。今日初めて、ゆっくりと食事を楽しめる。盛り沢山の一日を過ごして疲弊しきった脳に、しっかり栄養をあたえるべく、皆食が進んだ。

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