第44回岩手読書感想文コンクール 

小学校高学年 入選

日報岩手書店会賞  

小学部6年 鈴木 諄

 諄さんは、「ちょっとだけ弟だった幸太のこと」を読み、犬を飼っていたころのことを思い出したり、自分と主人公亮太の気持ちを重ねたりして感想文を書きました。

 今回、初めて点字での応募となりました。点字本やデイジー図書など、様々な方法で読書ができること、また読書感想文の可能性を開く画期的な出来事となったことが新聞でも紹介されました。これからも、たくさん本を読み、心に栄養を与えてほしいです。


「何かをきっかけに」

       小学部6年 鈴木 諄

 僕は、犬を飼っていた。毎日の散歩はしなくちゃいけないし、エサ代だってかかる。それに、世話だって十分にできない。だから、また犬を飼いたいなんて思わない。でも、亮太と幸太は違った。たった三ヶ月と十日。二人にとっては兄弟の三ヶ月と十日だった。僕は、この二人の関係から、いいことがない時でも、何かをきっかけにして、いいことをたくさん作り出して生きていきたいと思う。

 亮太は、大事な時にアホをする。僕も同じだ。去年の校外学習で、ホテルのバスタオルを持って帰ってきた。それに、分数の計算でどうしても約分を忘れてしまう。もういやになる。でも、亮太は幸太との出会いをきっかけに、アホじゃなくなった。どんどん成長していった。だから、散歩したし、幸太がいなくなった時も、夜も寝れず、朝早く捜しに出かけた。見つかった時は、とびはねるほど嬉しかったのだろう。そして、幸太とずっと一緒にいたいと親にお願いすることもできた。
 
 九時すぎだというのに、倫太郎の所まで行き、幸太のことをかくまってくれるように頼んだ。しかし、どの作戦も失敗。こんなに失敗しているのに、酒井さんのお家へ連れて行った時も、まだあきらめていなかった。幸太が悪い子だったら、亮太のもとへ帰ってくると思っていたのだ。僕は、今まで、亮太のように何かを達成させようと、あきらめずに頑張る気持ちを持ったことがない。ちょっとでも失敗をすると、あきらめてきた。同じことを失敗し続けて、なかなか前に踏み出せなかった。だから、亮太のことをうらやましく思う。心が強いのだ。だから、自分が幸太といることより、幸太の幸せを考えようと努力したのだ。
 
 そうやって、幸太との別れを受け入れようとしたから、倫太郎の一言一言が、イヤなことではなく、嬉しく感じるようになったんだ。僕だったら、やっぱり素直に聞けないかもしれない。でも、自立の学習の時間にギミレ先生が言っていたように、決めたことをできてもできなくても、素直になったら、亮太のように心が強くなれるのかもしれない。三か月と十日、弟だった幸太のことを、これからは友だちとして付き合っていこうとしたように。幸太と二人、顔を見合わせて、笑いあえたように。

 僕は、今たった一人の学級で生活している。でも、小学部には友達がいる。仁王小学校と舞川小学校の友達とも交流をしている。学校や寄宿舎には先生方がたくさんいる。その中で、いいこともあればいやなこともある。でも、亮太のように、前に一歩踏み出すきっかけとはまだ出会っていない。きっかけとは、いつ出会うのだろう。どこで出会うのだろう。きっと変われるきっかけに出会う日が来るはずだ。だから僕はその日が待ち遠しい。出会った時には、亮太に負けないくらい、いいことをたくさん作り出していきたい。その日が来るまで、自分の力を信じて、前を向いて歩き続けていきたい。

「岩手日報社主催第44回岩手読書感想文コンクール
小学校高学年の部 入選(日報岩手書店会賞)作品」