■Home

ようこそ 賢治先生のページへ

■「賢治先生の家(羅須地人会館)」利用のご案内(PDF) 

■90周年記念事業 同窓会館 「 黎明館 」
 

「賢治先生の生涯」

 
明治29年8月27日、現在の花巻市豊沢町4丁目11番地に父・政次郎、母・イチの長男として出生。花城尋常高等小学校(現・花巻小学校)・県立盛岡中学校(現・盛岡第一高等学校)を経て、大正4年4月、盛岡高等農林学校農学科第二部(現・岩手大学農学部農芸化学科)に進み、卒業後も研究生・嘱託として、農地質学の研究に従事した。
 大正10年12月3日、稗貫農学校(現・花巻農業高等学校)教諭となり、大正15年3月まで、4年4か月にわたって、本校で教鞭を執られた。
 退職後の同年8月、下根子桜の別宅(本校地内に「賢治先生の家」として現存)に、農学校卒業生や農村青年たちの集う、「羅須地人協会」を設立し、「農民芸術概論網要」の講義や肥料設計相談、レコードコンサート、幻灯会など多彩な活動を展開した。
 昭和6年には、東北砕石工場委託技師となり、石灰の製造指導と販売に従事したが、病臥に至り昭和8年9月21日死去。
 「校本宮澤賢治全集」(全15巻)に収められた作品は、詩数百編、童話80編、短歌数千首、歌曲20曲、教材画数十枚、劇台本・エッセーなど多方面にわたっている。病身に鞭打って研究・製作された「肥料設計書」は約3,000枚に及ぶという。

羅須地人協会 観光パンフレットPDF   読み込みに若干時間がかかります。
     こちらをクリックして下さい。    ページにもどる時はブラウザの「戻る」をご使用下さい。

■Home